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「あの人がいないと回らない」を、なくしたい。福祉の現場で、一人が抜けても機能する仕組みをつくるには

2026年10月7日

文:Mats|NEXT WELTECH 公認心理師・社会福祉士・精神保健福祉士・特別支援学校教諭一種免許

ベテランのAさんが、休んだ月曜の朝

月曜日の朝。事務室の電話が鳴ります。

「すみません、熱が出てしまって……今日は休ませてください」

ベテランのAさんからでした。いつも一番に出勤して、利用者さんの様子を誰よりも見ていて、書類の出し方も、ご家族への電話の言葉づかいも、「まあ、Aさんに聞けば大丈夫」と、みんなが頼りにしている人です。

さて、今日の活動は、どう進めればいいのでしょう。あの利用者さんが落ち着かなくなったとき、Aさんはどうしていたのだろう。今日の連絡帳は、誰がどう書けばいいのだろう。

誰も、はっきりとは、わからない。

そんな朝を迎えたことのある管理者さんは、きっと少なくないと思います。

こんな悩み、ありませんか?

障がい福祉の事業所を運営されている管理者・サービス管理責任者・経営者の方から、よく伺うお話があります。

  • 「この人にしかできない仕事」が、いくつもある。その人が休むと、現場がとたんに不安定になる。
  • 良い職員さんが、なかなか育たない。育ったと思ったら、疲れ切ってやめてしまう。
  • 頑張る人ほど、多くを引き受けている。「大丈夫です」と言う人ほど、実は限界に近いのではと心配になる。
  • 事業所としての「向き」が、人によってバラバラな気がする。何を大事にするのか、言葉にできていない。

どれも、現場を大切に思っているからこそ出てくる悩みです。ひとつでも心あたりがあれば、この先を読んでみてください。

属人化は、悪者ではありません

最初に、お伝えしたいことがあります。

「属人化」という言葉は、どうしても悪く聞こえます。でも私は、こう思っています。属人化は、その人が頑張ってきた「あかし」でもあります。

利用者さんのために、目の前の困りごとを一つひとつ引き受けて、工夫を重ねてきた。その積み重ねが、その人の頭の中と手の中に、たまっていった。だから、その人にしかできないことが増えた。これは、責められることではありません。

ただ、もうひとつの本当のことがあります。その「たまったもの」が、その人の中だけにあると、その人が倒れたとき、やめたとき、事業所の宝物ごと、いなくなってしまうということです。

どちらも本当です。だから、悪者をつくらずに、「仕組み」の話として考えてみたいのです。

たくさんのノートや道具を大切そうに抱えるベテラン職員を、若い職員と柴犬のマスコットが見守っているイメージ

「頑張る人」が、燃え尽きるとき

バーンアウトは、弱い人がなるものではありません。むしろ、責任感が強くて、人の役に立ちたいと思っている人ほど、気づかないうちに限界まで頑張ってしまう。私は、現場で出会ってきた方々を思い出しながら、そう感じています。

よくある流れは、こうです。

  1. 頑張る人が、目の前の困りごとを引き受ける。
  2. うまくいく。「あの人に頼めば大丈夫」と、さらに仕事が集まる。
  3. 引き受ける量が増えて、休めなくなる。人に頼むより、自分でやったほうが早く感じる。
  4. 気づいたときには、心も体も、動かなくなっている。

この流れの中に、誰かの「悪意」は、ひとつもありません。みんなが、善意で動いています。だから、気をつけていても止まらないのです。

止めるのは、気合いや根性ではなく、仕組みだと、私は考えています。

一人が抜けても機能する「仕組み」は、3つの層でできている

「仕組みづくり」と聞くと、分厚いマニュアルを思い浮かべて、気が重くなるかもしれません。でも、大げさなものでなくて大丈夫です。私は、次の3つの層で考えています。

1. 頭の中を、外に出す(見える化)

Aさんの「いつもの対応」を、Aさんの頭の外に出します。いつ、どこで、何を、どんな順番で、どう声をかけるのか。

実は、これは利用者さんへの支援でお馴染みの「構造化」(場所・時間・活動・作業・コミュニケーションを、見てわかる形に整える考え方)と、同じ発想です。利用者さんにとって、見てわかる環境が安心につながるように、職員さんにとっても、見てわかる「やり方」があることが、安心になります。

職員の頭の中のアイデアが、机の上の絵カードになって見える形に出てくる様子を、仲間と柴犬のマスコットが見ているイメージ

2. 経験と知識を、つなげる(体系知)

現場の経験は、とても大切です。でも、経験だけだと「その人だけのコツ」で終わってしまうことがあります。

そこに、行動の理由を考える視点(ABAなど)や、構造化の考え方のような、体系だった知識が結びつくと、「なぜうまくいったのか」が言葉になります。言葉になれば、人に伝えられます。人に伝えられれば、チームの力として残ります。

3. 向きを、そろえる(VMSC)

そして、いちばん土台になるのが、事業所の「向き」をそろえることです。

VMSC(めざす姿・使命・方策・信条)を、やさしく言うと

VMSCは、次の4つの頭文字です。

  • V(Vision):めざす姿 ―― この事業所が、数年後に「こうなっていたい」という姿。
  • M(Mission):使命 ―― 私たちは、何のために、誰のために、この仕事をしているのか。
  • S(Strategy):方策(進め方の計画) ―― めざす姿に近づくために、何を、どんな順番で、どう進めるのか。
  • C(Credo):信条(行動の約束) ―― 迷ったとき、みんなが立ち返る「私たちの約束ごと」。

たとえば、「信条」は、こんな一文でもいいのです。

利用者さんの「できた」を、チームみんなの「うれしい」にする。

立派な言葉でなくても大丈夫です。大切なのは、みんなで話して、みんなでつくること。管理者さんひとりが考えて、壁に貼るだけでは、現場には届きません。

向きがそろうと、不思議なことが起きます。誰かが休んでも、「私たちは、こうしよう」と、それぞれが同じ方向を見て動けるようになります。頑張る人が、ひとりで全部を背負わなくてよくなります。

職員たちがコーヒーを片手に丸いテーブルを囲み、方位磁石を真ん中に置いて話し合っているイメージ

研修は「見て学ぶ」のではなく、「できるようになる」ことがゴール

ここまで読んで、「大事なのはわかる。でも、うちでできるだろうか」と思われたかもしれません。

私が行っている研修で、いちばん大切にしているのは、見て学ぶのではなく、実際にできるようになることです。

  • 現場で実際に使える素材(見える化の資料や、記録の下書きなど)を、参加者さん自身が手を動かしてつくる。
  • AIが初めての方でも、声で入力したり、基本的な文字入力とクリックができれば使えるようにする。
  • 参加者が話す時間を、たくさんとる。北欧の「FIKA」のように、コーヒーを片手に、対話の中で考えを深める。

私は、大学院でファシリテーションを体系的に学び、教職修士(専門職)として、「教える人を育てること」を専門にしています。リモートであっても、画面の向こうで、実際に手を動かして身につく進め方ができます。

明日からの小さな一歩

いきなり、事業所全体を変えようとしなくて大丈夫です。まずは、次の3つから。

  1. 「この人しか知らない仕事」を、3つ書き出してみる。 管理者さん一人でも、職員さんと一緒にでも。
  2. その中の1つを、「いつ・どこで・どうやって」の3行で書いてみる。 上手でなくて大丈夫。Aさんに、確かめてもらうのがおすすめです。
  3. 10分だけ、「私たちは何のためにこの仕事をしているんだろう」と話してみる。 答えが出なくても、話した時間そのものが、向きをそろえる第一歩になります。

よくある質問

Q. 小さな事業所でも、VMSCは必要ですか?

A. むしろ、人数が少ない事業所ほど、一人の影響が大きいので、効果を感じやすいと思います。大きな文書にしなくても、数行の言葉から始められます。

Q. 忙しくて、そんな時間がありません。

A. 「忙しい」から属人化が進み、属人化するから、さらに忙しくなる。そんな悪循環が、よくあります。最初は、月に一度、30分から始めても大丈夫です。

Q. 研修を受けても、現場が変わらなかった経験があります。

A. とても大切なお話です。研修が「聞いて終わり」になると、そうなりやすいと感じています。だからこそ、私は「実際にできるようになる」ことをゴールにしています。このブログの「「研修を受けても現場が変わらない」のはなぜだろう」の記事でも、くわしく書いています。

Q. 現場の職員さんだけでなく、経営層も一緒に参加できますか?

A. ぜひ、ご一緒に。現場の悩みを知っている人と、予算や方針を決められる人が、同じ場で話せることが、いちばん力になると考えています。大きな組織では、施設長・部長・課長など、現場と経営をつなぐ立場の方も、大切な役割を担っています。

むすび:宝物を、事業所のものにする

「あの人がいないと回らない」という言葉は、その人の頑張りを、いちばん雄弁に語る言葉でもあります。

だからこそ、その宝物を、その人ひとりのものにしないで、事業所みんなのものにしていきたい。頑張る人が、安心して休める。新しく入った人が、迷わずに育つ。そして、利用者さんが、いつもの顔ぶれの、いつもの安心の中で、毎日を過ごせる。

そんな事業所を、一緒につくっていけたら、うれしいです。

あわせて読みたい

→ 研修を受けても現場が変わらないのは、なぜだろう(体験型ワークショップという選択)

→ 「聞いて終わり」の研修から、「手が動く」研修へ(できるようになるとは)

まずは、ご自身の事業所の「いま」を、一緒に見てみませんか。

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